還暦記念の「ざ びぼうろく」THE備忘録 

目にとめてくださり、ありがとうございます。還暦を機に、これまでの想いやこれからのことを毎日書いていきます。

元勤務校への祝電に苦戦しました

クリスマスローズ

クリスマスローズ。今年も咲きました。

 昨年春に定年退職した元勤務校宛に、卒業式に向けた祝電を送ることにしました。

卒業式当日には体育館の後方に大きな模造紙を貼り、そこに地元出身の衆議院参議院議員、県知事、県議、市町村長、市議、近隣学校などからの祝電を貼付して掲示します。たくさんの祝電に混じって旧職員からのも貼り出されているのを見てきましたが、いよいよ自分の番が来たというわけです。

 

 これまでも異動した際には前任校へ祝電を送っていますので、今回が初めての祝電ではありませんが、最後の勤務校には14年もいたので祝電をうつのは本当に久しぶり。

 ネット上に専用サイトでもあるのだろうと、何の気なしに開き、目に留まったものを選択。「まずは無料会員に登録するのか。」と必要事項を入力して、下の方へ画面をスクロールしたときにあることに気づきました。

「あれ、このサイト、NTTじゃない!」

 昭和の人間なので、電報といえば旧電電公社。つまりNTTが電報を送る窓口だよなあ、勝手に思い込んでいましたが、

VERY CARD、ハート電報、D-MAIL、電報ドットネット、電報屋のエクスメール、マシュマロ電報、でんぽっぽ、ベルビープライム、For-Denpo、GROUND・・・

などなど、電報会社がいくつもあることを知ってびっくり。

 ちなみに私が最初に入力していたのはe-denpoというところでした。ずっと卒業式を挙行する側だったので、こういう情報には疎くなっていたわけです。

 

 体育館に掲示してあるものを思い出すと、A4サイズに写真と文章が記載されているものもよく見かけました。私もその類にしようと、Webレタックスなるものを使うことにしました。まるで年賀状を作るかのように、テンプレートのイラストと文章も用意されているし、自分の持っている写真を加えてもよいそうです。 

 さすがにテンプレートの文章を使うと、他の送り主の文章と重複したときに恥ずかしいので(生徒に著作物の利用についてさんざん指導していた「先生」ですからね・・・)文章はオリジナル。画像は自分のものとテンプレートのものを使用しました。

 

 短文だからすぐに書けるはず、などと簡単に考えていましたが、かなり苦戦。これまで、他人様が送って来た祝電を毎年毎年何十枚も見て来たのに、いざ自分が書くとなると気が利いた文章が全く思いつきません。体育館に掲示していた祝電模造紙は、式が終わると昇降口に移されます。昨年度まで授業を受け持っていた卒業生が帰りの昇降口で目にするかと思うと、妙に力が入り、このブログを推敲するよりも何倍もの時間が・・・・。

 

 情報科の授業を担当していたので「この超情報化社会を生き抜く皆さんに大切にしてほしいことは 互いを尊重しあう心です」とか「幸多かれとお祈り申し上げます」などと書き、まるで結婚披露宴の結びの挨拶みたいだなと自分で自分にツッコミながらも、何とか入力終了。今年から入試と卒業式の日程が入れ替わったので、何度も元勤務校の年間行事予定をサイトで確認し、それに間に合うように期日指定で送りました。

 

 丁寧な旧職員の中には手紙を書いて菓子折り持参で、元勤務校を直接訪ねる方もいらっしゃるそうですが、極度の恥ずかしがり屋の私にはそのようなふるまいは到底できず。500円少々のWebレタックスのみで勘弁していただくことに致しました。

 

 

 

SDGs市民活動が終わりました

梅

誕生日に夫に買ってもらった梅の花、今年も咲き始めました。

 一年半にわたり、SDGsの市民活動に参加しておりましたが、この度最終発表会が終わりました。市長からもコメントをもらい、他のグループの発表も聞きました。企業として、個人として、参加者はそれぞれの立場で活動されていることも知り、行政だけでは暮らしの隅々までカバーすることは難しいこともわかりました。

 一年半、一緒に活動したメンバーとはこれでひとまず終わりになり、今後はお互いが各々の活動を続け、助け合える時にはまた一緒にやっていきましょう、ということになりました。

 何回もミーティングをし、イベントも行ったりしましたが、直接会えたのはイベントの時と最終発表会の時だけ。あとは全てリモートでした。それでもいつの間にか顔見知りになり、いざ終わるとなると寂しさもあふれてきて、これまでやりとりを重ねてきたSlackも当分は残してもらいたいとねと話すメンバーもいます。発表会後もまた近況報告をしてくるメンバーもいて、このまま緩い繋がりが続くといいなあと思いました。

 私は主に議事録作成係でしたので、発言を積極的にすることは少なかったのですが、子育て真っ最中のメンバーに「SDGs活動もいいけど、焦らずにまずは子育てを優先して欲しいです。子どもが大きくなれば自ずと自分の時間が増えて、それから活動したって十分いいと思いますよ。」と一度だけ言ったことがあります。すると、

 「子ども食堂にお邪魔してイベントに参加させてもらっていて、そのお返しをどうしたらいいかずっと考えていましたが、お返しはあとでもいいんですね。心が軽くなりました。」とか、

 「新しいサイトの立ち上げと子育ての両立で悩んでいましたが、今は何をすべきかこれでハッキリしました。」

  「もう少し家族との時間を作らないといけないなあ。」など

 私の発言に感謝するメンバーもいて、還暦おばさんも役に立てたかなあと、ちょっと嬉しかったです。志が高くてみんな真面目。そんなメンバーに刺激を受けた活動でした。

 これからも私にできることを、お互い様の気持ちでやっていきたいと思っています。

 

絶賛、整理整頓中です

裁縫道具

絶賛、整理整頓中

 自治会の餅つきで、あんこ23キロを練って痛めた肩・背中・腕も、ようやく治って来たので、そろそろソーイングの再開です。

 せっかくなので、ホコリが溜まった裁縫箱を整理整頓することにしました。

 裁縫用具が入っている箱は大中小とあり、それ以外にも引き出しや2軍専用箱もあるので全部出したら大変な量です。ちなみに画像にあるのは1軍。

 ここからまた選抜して収納しようと考え中です。

 

 それにしてもハサミが多いなあ。刃物好きだった父親のお下がりもあるし、いただくこともあります。伊勢や種子島播州刃物など、どれもお気に入り。最近は裁ちバサミの出番が激減。専ら、カッターで生地を裁断することが多いです。特に伸縮性のある生地はカッターじゃないと真っ直ぐ切れません。そのために専用の机とカッターマットも購入しました。カッター定規もマストアイテム!

 

 今日、大学時代の和裁の教科書を読んでいたら、私が使っている縫い針は長すぎるということが判明。どおりで運針がうまくいかないわけです。皮の指ぬきも、なんと裏返しで使っていました!

 40年ぶりに知るなんて、情けない。

 

 こうやって道具たちを眺めると壮観です。いつの間にか増えてしまいましたが、どれも大切な相棒。キレイに拭いて、また戻したいと思います。

 

 ソーイングの再開もいいけど、半年中断している通信教育の課題こそ再開しないと、マズイ!

 「スタートの春」はもうすぐ。頑張るか!

 

 

 

 

 

 

納豆大好き

納豆汁の素

大好きです。

 夫が施設にいる義母に会いに行った帰りに買って来たお土産の中に、納豆汁の素がありました。

 おー!冬はやっぱりこれです!

 昔は義母がよく作ってくれました。懐かしい。

 

 納豆汁の素というのは、味噌味がついたひきわり納豆で、薄い味噌汁を作ってこの素を加えれば納豆汁が出来上がるのです。

 茨城県育ちの私は納豆大好き。納豆には多少のこだわりもあって、黒豆の納豆のような新顔は苦手。納豆のタレより、醤油派。そしてやっぱり小粒がいいです。子供の頃はほぼ毎朝、刻んだ長ネギ入りでよ〜く混ぜた藁づと(わらづと)納豆を食べていました。口臭なんか気にしていなかった!

 今1番好きなのは「しょぼろ納豆」。納豆の中に、醤油やみりんで味がついた切り干し大根の刻んだものが入っています。味がついているのでそのままご飯に載せます。ネバネバと歯ごたえが同時に味わえるのもお気に入り。納豆に刻んだたくあんが混ざっている感じと言えばご理解いただけるかな?

 

 さて納豆汁を作るときの具は、豆腐、油揚げ、こんにゃく、わらび、なめこ。仕上げに刻んだ長ネギとセリを加えます。出来立ても美味しいのですが、翌日再び温めて食べるのもいいんです。ドロドロ状態がたまりません!ちなみに夫は当日食べる派なので、翌日に持ち越す場合は私だけが担当。焼いたお餅を入れても美味しいんです〜。

 

 今回はわらびの水煮も一緒に買って来てもらったので(夫よ、気が利くじゃん)、他の材料は近所のスーパーで入手したのですが、セリは売っていませんでした。夫の郷里のスーパーなら、納豆汁の素の隣にはセリが必ず置いてあるのに…。義母が作る行程を脳内で復習。最後の仕上げに刻んだ長ネギと、ざく切りにしたセリを加えているのを今でもハッキリ覚えています。あちらの台所で学んでおいてホント良かった。

 

 まあ仕方ないので、今回はセリ抜きでこしらえます。

 それにしても納豆汁を食べるには気温が高すぎるかも。

 もちっと(茨城弁 もう少しの意)寒くなってくんない(くれない)かなあ。

 

 

 

解けると楽しい!

数学I教科書

お世話になっています

 高校数学のやり直し問題集に取り組んでいます。数日空いてしまうこともありますが、なんとか続けており、最近ようやく因数分解が終わりました。

 

 因数分解も最後のまとめ問題は共通因数がない問題で、なかなか苦労しました。それまでの練習問題で共通因数が見つかる問題もやりましたが、低次の1文字に着目して整理することが最初はピンとこなくて、それにたすき掛けも加えるとなると、頭の中がフル回転。

 

 朝から考えてどうしてもわからない問題があって、午後になって元同僚の数学の先生にLINEで質問。解説して答えを教えてくれるかと思いきや、送られて来た文章はどうやって整理するかのヒントのみ。

 え〜? 教えてくれないの?

 でもそのヒントを元に、問題集の前のページに戻って考えてみたら…

 「あっ!」

 そして見事解けました!早速、元同僚に報告。すると

 「だんだん慣れてきます。複数の文字を含む因数分解は大学入試レベルですから、自力で解けるのはすごいです!高一の模試では普通のたすきがけしか出ませんがそれでも生徒はできないんですよ。」と返信が送られてきました。

 

 褒められちゃった! 嬉しいなあ。

 

 息子の本棚から数学の教科書を出してきて読んでみたら、因数分解のところはスラスラ読めて、これも嬉しかった。

 でも私が何十日も考えて解いた内容が教科書では数ページで終わっています。

 高校生の頭脳ってすごいんだなあと、あらためて思いました。

 

 

美しくあり続けられる理由

枯木立

この時期は、透かして見る空が好き

 若い頃は日本庭園はそれほど好きではありませんでした。修学旅行先で見学しても、整えられた美には感動できなかったんです。

 

 ところが数年前、皇居周辺を散策したときに、整えられた芝生と植えられていた松を見ていたら涙が出てきて、自分でも驚いたことがあります。芝生と松だけなのに、圧倒的に美しいのです。芝生は揃っていて鮮やかに光っているし、並んで植えられている低い松も適度な距離で立ち、それぞれに個性がありながら全体に調和しているのです。

 

 先日放送されたNHKスペシャルで、足立美術館桂離宮の庭師さんたちの仕事ぶりを視聴しました。いつ見ても美しい庭園であり続けるには、日々のご苦労と絶え間ない努力があることを知り、涙を流した芝生と松を思い出しました。

 番組の中で、庭師さんたちが一生懸命に作業されている姿には、庭の美しさとはまた別の、感動がありました。まさに「真摯」という表現がぴったり。大雪でも、大雨でも、大風でも、とにかく庭仕事。自然の姿と勘違いさせるような選定技術なども映し出されていて、テレビを見ながら感嘆しておりました。こういう陰の力があるからこそ、美しいものが美しいままであり続けるわけですね。

 

 そういえば、昨年秋に岡山県の後楽園を訪れた時も、ゴミひとつ落ちていない庭園を歩きました。当たり前のように思っていましたが、よくよく考えてみれば庭師さんがいらっしゃるからこそ保たれている庭園なんですよね。展示されていた菊の花と和傘が見事に調和して、素晴らしい秋の庭園でした。

 

 久しぶりに良い番組を見ました。

 美しいものに出会うたびに、それに関わる大勢の人たちにまで思いを馳せられるようにしたいと思います。

 

枯木立と散歩とグローバル

枯木立

枯木立もまた良し

 先週は雪で中止になったヨガ教室。2週間ぶりに行く事ができました。1週空いただけなのに上手くできなくなってしまったポーズもあって、自分の身体能力の低さにがっかりです。

 冬にしては暖かく、教室が終わって直帰するのもなあと思い、もう少し身体を動かそうと、帰りに近くの公園へ。一周がだいたい2キロ弱の距離。私にはちょうど良い散歩コースです。

 足早に歩く方が良いと聞いているので、せかせかと歩いていましたが、あまりにも木々が美しい。枯木立ってこんなに見応えがあったっけ?急きょ撮影散歩に変更しました。

 

 葉がない樹木を見上げると枝の隙間から大きな空。

 葉が生い茂っていたときには全く気づかない、空までスラリと伸びた美しい樹形。

 立ち止まっては空を見上げて息を吐き、数少ない花を見つけては愛でる…。

 しかも1人なので自分のペースで撮影もできます。葦が密集して生えている所には小鳥が、大きな池には丸くなった鴨がいて、それらを眺めたりもして。

 

 ホント、楽しい!

 

 歩道の幅はかなり広いので、走る人と歩く人が自然に分かれて行き来しています。平日の昼間だったのでそれほど多くの人はおらず、ゆったり。歩行器や杖を使ってゆっくり進む人もいましたし、元気な声をあげて遊ぶ幼児と母親たちも見かけました。

 

 小さな子からお年寄り、身体が不自由な方、当たり前のことですが公園では様々な人に出会います。世の中には色々な人がいて、それぞれの暮らしがあるわけで…。

 つい自分の物差しで世の中を見たり、物事を決めたりしてしまう私ですが(大げさに言うと)グローバルな視点?ですかね。そういうことも忘れてはいけないんだよなあなどと思った、撮影散歩でした。